ラーメンとはなんだろうか

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東京は清々しい新緑の中にある。時おり吹くじめっとした質量のある風は、梅雨の季節がもうじきであることをほのめかしている。

毎年「ああ春がやってきたな」などと感ずるまもなく、気がつけば青葉の季節を過ぎ、夏になってしまう気がする。

この時期を旬とする食材も多いのに、春から夏にかけてはいつも慌ただしく過ごしてしまい、じっくり季節を味わうという気分にはなかなかなれない。

たとえば真鯛なども産卵前の今が旬で、桜の季節に味がよくなることから「桜鯛」と呼ばれるのだとか。
そんな旬の真鯛をせっかくだから食べておきたいと思い、ラーメン屋へ行くことにした。

そう、僕は旬の真鯛を食いに、ラーメン屋へと向かったのである。

目的のラーメン屋があるのは埼玉県上尾市。
我が家からだとクルマで1時間半ほど。高速に乗れば1時間で到着する。
このお店を知って行って以来、ふた月と空けずラーメンを食うためだけに上尾へと通っている。

有名グルメガイド風に言えば、「それを味わうために旅行する価値がある卓越した料理」ということになるし、実際のところ愛車に履かせたミシュラン製タイヤの何パーセントかは、このラーメンのためにすり減っている。

お店に入ると、僕はまずオードブルとして「イワシそば」を食べる。

前菜 いわしそば

前菜 いわしそば

ラーメンを食う前にラーメンを食うというのは、はっきり言って非常識である。
あまりに非常識過ぎて、僕自身最初の数回は食べることをためらった。
“麺 after 麺”なんて、まともではない。

けれども、この店においてはこれが、つまり“麺 to 麺”こそが真理なのである。

そこいら辺の居酒屋なんかよりもずっとレベルの高い、新鮮な生のイワシが、細めながらもコシのある麺に乗せられている。
これにレモン酢とホワイトペッパーを好みの量かけ、よく混ぜて食べるのだ。

イワシと麺との組み合わせがどういう味わいになるのか、みなさんの想像の域を超えているのではないか思うが、これが絶品なのだ。
小麦の品種からこだわっているという麺は、ぷりぷりとした歯ごたえと繊細な風味が印象的で、海の下での泳ぎを想像させるイワシのダイナミックな身の弾力と新鮮な脂のうま味が、その麺の上にしっかりと“乗る”のである。

このいわしそばを経験して以来、僕はこれがイワシの最もうまい食べ方だと信じるようになった。
いわし丼もメニューにあるが、ご飯の粘り気よりも、麺のコシやのどごしのほうがイワシには合っている。

いわしそばの麺は70グラムで、オードブルとして最適だ。
というか、このメニューはオードブルとして注文してほしいというお店からのメッセージが感じ取れる量である。

あっという間にいわしそばを完食したところで、メインである。

メイン あっさり煮干しつけそば

メイン あっさり煮干しつけそば

もちろんメインも麺だ。
麺から麺へ。
禁断の物語である。

低温熟成のチャーシューが大きすぎて麺が隠れてしまっているが、この煮干しつけそばの麺は、太めの縮れ麺だ。北海道産小麦を使った多加水熟成麺だそう。
このお店、メニューに合わせて麺を変えているのだが、それぞれの麺がそれぞれ類稀なほどのうまさで、何を食べてもうならされてしまう。

だから、前菜も麺、メインも麺であっても重複しているという感覚は皆無だ。
むしろ、麺から麺への変化を積極的に楽しみたいし、そうすべきである。

麺から麺へ、常識という心のタガを外した瞬間に、僕は男になる。
まさに、ボーイズ・トゥー・メンなのだ。

何を言っているかわからないかもしれないが安心してほしい。俺も何を書いているのかわかっていないのだから。

ともかく、その名の通りあっさりめのつけ汁に、煮干しのボールを溶かしながら、つるつるとのどごしのいい麺をすすっていると、ささいなことはどうでもよくなるくらい幸せになれる。

真鯛ご飯

真鯛ご飯

そして鯛だ。
今日はこれを目的にやってきた。
締めの飯物は真鯛ご飯。

言っておくが、ここはラーメン屋である。
いや、便宜上この店を「ラーメン屋」と書いてはいるが、果たしてここはラーメン屋なのだろうか。
そもそも、ラーメンとはなんなのか。

僕がラーメンだと思っているものは、つまるところ僕がラーメンだと認識しているものでしかなく、この店もインターネットでなんとなく「ラーメン 埼玉」などと検索して見つけたからラーメン屋だと思っているだけで、ほんとうにラーメン屋なのだろうか。

そのことは、ここに来るたび思う。
満腹の帰り道、ハンドルを握りながら考えてしまう。
とことんていねいに取られたダシと、舌触り・のどごし・香りのすべてにこだわった麺。
その食後感は、少なくとも僕がこれまで食べてきたどのラーメンとも違う。

この店主は、理想のラーメンを作ろうとして、新しい別の宇宙を作り上げてしまったのではないだろうか。

スープを入れて鯛茶漬けのように味わう

スープを入れて鯛茶漬けのように味わう

おそらく、ただ漠然とラーメンを作ろうと思っても、こんなうまいものにはならない。
真剣に、ひたすらに自分が考える理想と向き合い、そしてその理想を越えていかない限り、こんな“非常識”なラーメンは作れないと思う。

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