線を越えた台拭きの話

一線を越えるという表現がある。

最近、国会議員が一線を越えたのかどうか、国民的な議論を呼んだが、極めてどうでもいいことである。

僕にとっての一線は、立ち食いそば屋のテーブルに置かれている台拭きだ。

僕はこれまでの人生で二度、あの台拭きで口の周りを拭いている人を目撃したことがある。

先日はごく普通のサラリーマン風のおじさんが、そばを食い終わったところでおもむろに台拭きを手に取り、ササッと口の周りを拭ったのを見た。

数年前は、肉体労働者風のおじさんが、食後念入りに拭くのを目にした。

あれは、僕には越えられない一線である。

自分の家にある台拭きで口を拭くのでさえ無理なのに、立ち食いそば屋の台拭きでそんなことをするなんて、理解の域を超えている。

もちろんその行為に不快感を覚えるが、一方でうらやましさのようなものも感じる。

台拭きの汚さよりも、口の周りの汚れの方が気になるという人生に、あこがれる気持ちもある。

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