マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の冒頭、主人公が紅茶に浸したマドレーヌの香りをきっかけに過去の思い出をよみがえらせるシーンは、この作品におけるテーマのひとつである「無意志的記憶」を最も端的に表しているが、僕がこのプルーストの話を知ったのは北海道室蘭市に住んでいた高校時代、国語の先生が「プルーストの話を書くとインテリっぽく見えるから便利だ」と言うのを聞いたのが最初だったはずで、その頃の僕はまだマドレーヌとマーマレードとママレモンの区別すら曖昧だった。
そんな僕にとって、マドレーヌの代わりとなるのが室蘭の老舗ラーメン店「なかよし」のしょうゆラーメンである。
ちょっとそっち方面に詳しい人ならば室蘭といえば「カレーラーメン」ではないかと思われるかもしれないが、あれはガキの食い物であって、違いがわかる男はなかよしのラーメンに心ひかれるものなのだ。
なかよしのラーメンは非常にシンプルだ。
最近多い、ハチマキした店主が腕組みをしてなぜかこっちを睨み付けている系のラーメンではなく、奇をてらわず基本に忠実に作られた、ラーメンの中のラーメンである。
しっかりと力強くしょうゆが利いていながらも、野菜のうま味がじわっと優しく広がるスープに、細めの自家製麺。柔らかいけれど肉らしいジューシーさもうれしいチャーシュー。
これぞラーメンというべきラーメンなのだ。
そんな、なかよしのラーメンは通販でも購入可能で、それがこれだ。
お店と変わらないあの味、あの香り。
どんぶりを前にすると、18歳まで過ごした室蘭の記憶がよみがえる。
グループデートで行った花火大会。精いっぱい背伸びをし、おしゃれのつもりでポロシャツの襟を立ててバス乗っていたら、女の子に「工藤くん、襟が立ってるよ」と小声でささやかれた記憶とか、文化祭の打ち上げに公園の隅っこでこっそりビールを飲もうとしていたら先生に見つかって、噴水の池に潜って難を逃れたりとか、そういった有象無象の記憶がよみがえるのだ。
皆さんはなかよしのラーメンを食べてもそんな記憶はよみがえらないだろうが、純粋においしいラーメンなので、北海道旅行で登別温泉や洞爺湖に行く機会があったら、お昼には室蘭に寄ってなかよしラーメンを食べてみてください。通販もおいしいので、ボーナスが入って懐が温かいときにでも購入してみてください。
なかよしラーメン入江店 公式ホームページ http://nakayoshi-irie.com/