相手するよ

むすこがもうすぐ2歳3カ月になる。

最近では言葉も増え、「昨日バス乗った」「さっき飛行機見た」というような、時間の概念を伴う会話もできるようになってきた。

保育園のおやつに出た牛乳寒天がおいしかったなどという報告もしてくれる。

発音もかなり上達していて、大人が発した「冷凍食品」「ワンデーアキュビュー」など、かなり複雑な言葉もそのままオウム返しする。

しかし、「愛してる」とは言ってくれない。

本文とは無関係なかつ煮。

僕はむすこを愛している。

この事実に僕は驚いている。

愛しているという感覚がどのようなものか、僕はよく知らなかった。
セックスの時にだけ口にする、親密さを鼓舞するかけ声みたいなものだと思っていたのだ。

しかし、むすこと生活するようになり、愛するとはどういう心の働きのことを指すのか知った。

なるほど、愛してるってこういうことか。

なので、僕はむすこに「愛してる」と積極的に言っている。

僕が愛するとはどういうことかよく知らなかったのは、誰も僕に愛してると言わなかったせいもあるなと思ったからだ。
だから毎晩寝る前に「愛してるよ」と声をかけている。

愛を伝えているわけだ。

だがしかし、むすこはまだ「愛してるよ」と返してくれない。
なんでも上手にオウム返しするのに、「愛してるよ」だけは言ってくれないのだ。

もちろん、愛してると言って欲しくて声をかけているわけではないが、やはりそう返してもらいたい。
やはり、愛というのは抽象的で形もなく、素直に理解しにくいものだから言葉にできないのだろうか。

なんか野島伸司みたいな話になってきたが、とにかくむすこは「愛してるよ」とまだ言えない。

ところが先日、僕の「愛してるよ」の言葉に反応を示した。

彼は僕に「アイテスルヨ」と答えたのだ。

「相手するよ」

確かに、そうだ。愛とは誰かの心の相手をすることかもしれない。
ジョン・レノンもそう歌っていた。

いや、歌っていないか。
はい、歌っていません。

どっちでもいい。

愛に正解などないのだから。

ともかく僕は、彼を愛している。

相手するよ was originally published on 月刊馬泥棒:工藤考浩

無駄がなくなった話

家族が増えたので、タバコをやめた。

子供が生まれたのを理由に禁煙するなんて、まったくもってロックじゃないのでちょっとためらいもあったが、都合のいいときだけロックに忠誠を誓うほど僕はもう若くない。

今回は久しぶりの禁煙だ。

写真は本文とは特に関係のない鶏肉。

写真は本文とは特に関係のない鶏肉。

僕は禁煙するのが趣味で、短いのを含めると18万3000回ほど禁煙している。これを現実世界の時間軸に当てはめて計算してみると、一本吸うごとに次のタバコまで禁煙していることになるようだ。

前回の大規模な禁煙は、2008年ころだったと思う。新しい禁煙治療薬が保険適用になったタイミングで、その治療薬をぜひ使ってみたいという興味本位で禁煙したのを覚えている。

その禁煙は1年ほど続き、どういう理由だったかは忘れてしまったが喫煙を再開した。

ということで、9年ぶりの大がかりな禁煙となったわけだが、この間に喫煙環境が大きく変化したなと気づいた。
まずはタバコの値段。

前回の禁煙時、僕が吸っていたのはひと箱300円のタバコだった。

今回、禁煙の直前まで吸っていたのは電子加熱式タバコで、ひと箱460円。

僕は今も昔もひと月に30箱ほど吸っているので、前回の禁煙時はタバコにかかる金銭的コストが9000円/月ほどだったが、今回は1万3800円/月となる。実に4800円の差で、この差は大きい。

9年前の禁煙時は、タバコをやめたところでさほど財布への影響を感じなかったが、今回は大いに感じる。
月末の経済状況が明らかに好転しているのだ。

そして、もうひとつ気づいた大きな変化は、9年前よりもさらにタバコを吸うことが面倒くさくなっているということだ。
もちろん9年前だって公共施設は禁煙だったが、現在はそれがより徹底されている。タバコを吸おうと思うと、建物の外に出て喫煙所を探し、時には何百メートルも歩かなければならない。

喫煙習慣があるうちは、それを当然のこととして受け入れていたが、いざ禁煙してみると、タバコを吸うために必要とされる時間や行為の多さに改めて気づかされた。

なんとまあ無駄なことをしていたのだ、と。
ただその一方で、今まで行ってきた「無駄」がなくなってしまったことへのさみしさも、その分強まったようにも思える。

現代社会においては、タバコを吸うためにそれこそ必死の努力が必要だ。

さほど気持ちよくならないドラッグのために、金銭的にも時間的にも多大なコストを払い、寿命を縮めている。

そのバカバカしさ、不毛さに溺れることこそがタバコを吸う醍醐味であり、唯一の魅力だと思う。

そんな無駄が人生からなくなってしまったのが、確かにさみしい。

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